人権の基準

しかしながら、人権の基準に従っているか調べることに責任のある国際団体は、ますますそれらの義務がまた領域外の範囲があると解釈した。したがって、例えば、1995年国連人権委員会は、アメリカ合衆国によって提出された報告書に批評する際に、国連の市民的及び政治的権利に関する国際規約が全ての状況において領域外範囲を欠くという、合衆国政府の見方に委員会は賛同できないと述べた。「そのような見方(それは続いて指摘した)はこの問題に関する委員会の一貫した解釈に反し、つまり特別の状況において、人々はその国家領域外にあってもその内容について当事国の管轄権内に入りうる。」より具体的には、Delia Saldias de Lopez (夫Sergio Ruben Lopez Burgosに代わって) 対 ウルグァイで、ウルグァイの防衛軍がアルゼンチンにおいてそこに在住するウルグァイ人市民を拉致し拷問したときに、委員会はすでにウルグァイが規約に違反したと裁決していた。委員会は次のように指摘していた

「選択議定書第1条の「その管轄下にある個人」への言及は上述の結論(規約が外国の領土で行ったウルグァイ人の行為にもわたったということ)に影響を与えない、なぜならその条項の言及はその侵害が起こった場所についてではなく、むしろ、どこで起ころうと規約に掲げられた全ての権利の侵害についての個人と国家間の関係についてである。規約第2条1項は、当事国に「その領域内にあり、かつ、の管轄の下にあるすべての個人に対し」権利を尊重し保証するよう義務を課すが、しかしそれは、当該国政府が黙認しようと反対しようと拘わらず、その行為者が他国の領域で犯す、規約上の権利の侵害について当該国が有責にならないということを意味しない、・・・これに従い、当事国に、自国の領域で犯すことができなかった規約の違反を、他国の領域で犯すことを許すようなかたちで、規約第2条上の責任を解釈するようなことは常識はずれということになろう。」

重要な事件で(Loizidou 対 トルコ―先決的抗弁)、欧州人権裁判所この理論をさらに進めた。問題は、北キプロスに常駐するトルコ軍隊の、原告(キプロス人)の北キプロスにある資産への入手の拒絶は、トルコのせいにすることができるか、また、結果的に、欧州人権条約第1条に従い、トルコの管轄権内に入るか否か、生じた。裁判所は肯定し、問題はトルコが、自国領域外の地域に常駐する軍隊に対し実効的または包括的な支配を有していることであると、裁決した(57条)。米州人権委員会はこの理論を、Coard et al. 対 合衆国でより強く実現した。論争中の問題は、1983年10月合衆国とカリブの軍隊がグレナダ島を侵略し「革命政府」を退けた際、グレナダ国民17人を外部との連絡を絶ち虐待したということについて、アメリカ合衆国が1948年アメリカ人の権利と義務に関する宣言に違反したことに責任を負うかということであった。1999年9月29日の報告書で委員会は肯定した。
この判例法、は人権義務の目的と意図に調和する:それらは国家行為がどこで行われようと個人を恣意性、悪用と暴力から守ることを目指している。
よって、国家はこの権力に従属する個人がその国籍を持とうが外国人であろうが何らかの権力を行使するとき、自国の領域内だけでなく外国でも人権義務を尊重すべきである。さらに、権力の行使とは主権(立法、法の施行、行政権、など。)の発揮だけでなく、どれほど限られた時間であっても、いかなる権力の行使(例えば、武力紛争における好戦的な武力)をも意味するべきである。

従うことの監視

(a)世界的レベル
明らかに、一般に権利の尊重を確実にする1番の方法はそれを法的保証によって支え法廷によって執行することである。私は、しかしながら、すでに、国際共同体では紛争の裁判的解決は多くの国家の生ぬるい姿勢によってほとんど不可能にされていると述べた。人権については、国際的判決への反対はさらに強い。国家主権と国家が人権の国際的基準に応じることへの要求の間で妥協をしなくてはいけないことは、多数の監視の仕組みの設立につながった―そしてこれは、上述したように、国際的判決よりはるかに弱い。
この時期世界的レベルで創られた主要な仕組みは2つの種類があった:国際的条約によって創設されたものと国連決議によって設立されたものである。
前者の中で、挙げるべきものは―世界的レベルで―1965年人種差別に関する条約(人種差別撤廃委員会によって監視)、1966年市民的及び政治的権利に関する国際規約と選択議定書(監視機関は人権委員会)、1966年経済的・社会的及び文化的権利に関する国際条約に基づいて1986年に設立したもの(経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会)、1979年女子に対する差別の撤廃に関する条約(同名の委員会を設立し、1999年選択議定書によってその権限は強化された)、1984年拷問に関する条約(それに基づいて拷問禁止委員会は設立された)、1989年児童の権利に関する条約によって設立された監視体系(児童の権利に関する委員会)、そして1990年出稼ぎ労働者とその家族の人権に関する条約によって設立された委員会、によって創られた処置である。


仲裁裁判と司法的解決の異同について具体例を挙げながら説明しなさい

仲裁裁判と司法的解決はともに国際紛争の裁判的手続の性質を持ち、第三者機関によって外部から紛争当事国に対して強制される紛争解決手続きである。また、国内裁判と異なり、当事国の一方の要求により審理が開始されるのではなく、全当事国の合意をもって開始される任意的なものである。

その相違点を論ずるに当たり、以下の4点①裁判官②管轄③手続④判決を見ていく。
まず①裁判官の構成に関してであるが、仲裁裁判は紛争当事国が選任する1~数人の裁判官で構成され、またアラバマ号事件に見られるように祖手押された特定の規則や便宜その他の政治的事情を適用したりすること可能である。一方司法的解決―国際司法裁判所の場合は、国連の主要な司法機関との面から、本国指示を受けない独立性を持ち、実際には了解事項として、その議席は安全保障理事会と同じく、国籍・地域・陣営別の基準で配分されている[ 山本草二『国際法』693頁(有斐閣、新版、1994年)]。また、1984年以来活用されているものとして特定事件が起こるたびに設けられる「特別裁判」においては、紛争当事国がその構成について裁判所長に意見を出し、裁判所がその構成員を決定するなど、仲裁裁判と司法裁判の中間に位置するといえる。これに関して国際司法裁判所の一体性を害するとの批判もあるが、各種の紛争に適応できるものとしてその効用を認める意見が大勢である[ 同上、694頁]。また、紛争当事国の一方が裁判官席に国籍裁判官を出している場合に認められる特認裁判官制度も特徴である。

②管轄において、仲裁裁判は法律的解決の場合適用され、紛争の範囲、裁判官の選任、裁判手続と裁判準則の決定、判決の効力、裁判費用の分担など裁判付託合意の規定する事項が広く、紛争当事国の主権的石を最大限に尊重しているといえる。このため今日では、ビーグル海峡事件など境界画定紛争において仲裁裁判に付託される例が多い。国際司法裁判所においても裁判付託合意をその管轄条件とするが、その規定する範囲は一層狭く、紛争の請求目的と提訴の主題を詳述するにとどまり、裁判所の構成・手続を含まない。

③手続に関して、仲裁裁判は上述の通り当事国の裁量が裁判付託合意によって大きく認められているのに対し、司法的解決においては厳格に法定されている。提訴の場合でも、請求には当事者、紛争の主題、管轄権の根拠となるべき法的理由などを明らかにし特定しなければならない。また、先決問題についての抗弁を出すことも可能である。

④判決において、仲裁裁判の拘束力は裁判付託合意に基づくもので効力を持つ。一方国際司法裁判所の拘束力は紛争当事国感で勝つ当該事件においてのみ拘束力を持ち、また国際平和・安全に基づき、それが害されるという認定のある場合には安全保障理事会はその理工のために勧告を行い措置を決定する。
以上のことから、仲裁裁判に比べ司法的解決はより客観性・拘束力を持った、司法による判断を体現したものといえるだろう。


日本の国内裁判所における人権条約の適用の事例をひとつ挙げてその意義を論ぜよ。

 本稿では、外国人であることを理由に店舗からの退去を求めたことが不法行為に当たるとして150万円の損害賠償請求が認容された事例、をとりあげて論じたいと思う。日本在留のブラジル人女性が、被告の経営する宝石店に入り、商品等を見ていた。その際、被告から出身を尋ねられて「ブラジルです」と答えた途端、被告は原告を追い出すような仕草で「外国人は立ち入り禁止だ」と強く言い、外国人入店禁止の張り紙を指で示して、さらに、「出店荒らしにご注意」と題して出店荒らし事件に対する注意を喚起した警察署作成のビラを示すなど、威圧的に退去を求めた。本件においては、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(以下、人種差別撤廃条約)の私人間適用が問題となった。

 人種差別撤廃条約は、人種の違いを理由とした差別の廃絶を包括的・積極的に禁止する。締約国に課せられる義務の内容も広範かつ徹底的であり、国家や公的機関による差別の撤廃だけでなく、私人による差別の撤廃をも確保すべき積極的な義務が定められている[ 杉原高嶺他『現代国際法講義』229頁(有斐閣、第3版、2003年)]。人権条約で保障された権利を侵害された個人にとっては、国内で効果的な救済を得る機会を提供されることが第一義的に必要であり、人種差別撤廃条約においても、その6条が、締約国に対して、国内裁判所・その他の国家機関を通じた効果的な保護救済手段の確保を明示的に義務づけている。

 従前の事案においては、かかる人権規定は国家対私人の関係において機能するものであり、私人間においては適用されないといった理解が通説であったが、本件においては、私人間の人種差別事象において人権規定の間接適用を明示した。すなわち、条約の実体規定が民法709条の不法行為の要件の解釈基準として作用すると述べているのである(外務省はこの条約実施につき、新たな立法措置及び予算措置を必要としない旨の説明をしているが、これは憲法の人権規定で充分賄えるとの判断と解される。しかしながら、同条約は私人による差別行為についての立法その他の措置を締約国に要求しており、人種差別行為があった場合に、国の採るべき措置が採られていなかった場合には、同条約6条に従い、国に対して、その不作為を理由として少なくとも損害賠償その他の救済措置を採りうることを意味する。そして、何らの立法措置を必要としない外務省の見解を前提とすれば、個人に対する不法行為に基づく損害賠償請求の場合には、同条約の実体規定が不法行為の要件の解釈基準として作用する[ 『判例タイムズ』第1045号225頁(2001年)])。間接適用とは、憲法その他の法規範・法原則を解釈・適用する際の指針として、あるいはその解釈・判断を補強するものとして国際人権基準を援用する方法である[ 今井直「国際人権法の国内裁判所における適用の現状と課題」『法と民主主義』第304号6頁(1995年)]。 


国の国際責任発生における過失責任主義と客観責任主義について論じなさい。

国の国際責任が発生するためには、①国家の作為または不作為が国際義務に違反すること(客観的要件)、および、②問題の作為または不作為が国際法によって国家に帰属すること(主体的要件)、の二つの要件が満たされなければならない(条約案2条)。しかし、このほかに、国家の過失という主観的要件が必要か否か、2つの意見が対立してきた。
一つは「過失責任主義」であり、国家責任の発生には国家の故意または過失という要素が必要であるとする。つまり、行為者の責に帰しうる非難可能性として、合理的な予見可能性に基づき主観的な要素の存在が必要だとする。
もう一つは「客観責任主義」であり、国家はその過失の有無にかかわらず、国家に帰属可能な行為が国際義務の違反を構成するという客観的な事実によって責任を負うと考える。
では、国の国際責任発生において、過失責任主義と客観責任主義のどちらが妥当か、検討していきたいと思う。

過失責任主義が妥当する分野として、「特定事態発生の防止義務」の違反が挙げられる[ 山本草二『国際法』645頁(有斐閣、1994年)]。国家は「相当の注意」をもってそのような結果の発生の防止と排除をつくすよう、義務づけられ、この場合、義務違反という客観的な要因のほかに、過失が認定され、国家責任が決定される。しかし、客観責任主義により、過失に基づく不作為については、国際法上の義務違反としてその違法性が追及されるのであって、過失は基準となるだけであり、国家責任の独立の要件にはなりえない、と反論できる[ 同上、645頁]。
これに対し、客観責任主義が妥当する点を挙げる。まず、立法機関の行為が国際義務に違反する場合には国家責任が発生するが、この場合、過失責任主義を適用することは適当でない[ 杉原高嶺他『現代国際法講義』328頁(有斐閣、第3版、2003年)]。なぜなら、それは立法手続に過失があったと認定することになり、最終的には議員の選出手続に過失があったことを追及することになるが、それは伝統的な過失概念に矛盾し、また困難である[ 同上、328-329頁]。

行政機関の地位にある個人がその権限内で行った行為であっても、それが国際法益を侵害する場合は、国家は客観的な責任を負う。行政機関の地位にある個人がその権限外で行った行為は、国内法上国家の行為ではなくとも、国際法上国家の行為とし、これは客観責任主義による説明である。
私人の行為であっても、それが他国の法益を侵害する場合に、国家責任が発生することがある。国家が私人の不法行為を相当の注意を払って防止しなかった場合である。問題となる司法機関の国際違法行為は、裁判の不受理という客観的事実そのものが問題になる、または、国家の法制度や適用すべき国内法それ自体に不備があって、むしろ、立法機関の国際違法行為を認めるのが適当である。


ジュネーブ諸条約共通第1条

ジュネーブ諸条約共通第1条はその他、原則的規範との関係で如何に機能するのか。第一に、共通第1条は、各々の締約国は、他の条約当事国による違法行為に目をかけず、条約上の全ての規定を遵守する法的義務を負っていることを示している。換言すれば、共通第1条以外の(原則的な)規定は相互主義に左右されるものではないとのことだ。つまり、ある締約国は、他方当事国が条約上の規定に違反し、前者(ある締約国)に損害を与えたとしても、条約上の規定に反することをしてはならないということになる。対抗措置としての条約規定違反をも許されないのである。第二に、共通第1条は、全ての締約当事国は他の締約国との関係において、条約に対する尊重を確固たるものにする義務を負っていることを示している。つまり、(a)すべての締約国は条約上の規定の履行をしなければならないとの義務は、他の全ての締約国との関係で機能する、ことを帰結する。これがいわゆる「対世的(他の全ての締約国との関係で、との意味)義務」である。また、(b)すべての締約国は他の全ての締約国との関係において、条約上の規定遵守について「法的主張」をなすことができる、とのことも帰結しよう。具体的には、交戦国(より一般的には、武力紛争における相手方当事国)による条約違反に直面している全ての締約国は、一定の行動を起こし、違法行為の停止要求をなすことができる。以上より、ここでも集団的義務乃至権利というものを確認できた。

ここで、上述した共通第1条の法的メカニズムの第2の特徴に目を向けてみたい。先述したことからも明らかなように、遡ること1949年に頭角を現したジュネーブ諸条約は、主として、利己主義(相互主義、双務主義)に連動せられ、全世界的価値の集団的保護原則を示した国際社会を統合調整する伝統的原則に始まる刷新的な法体系を生み出した。こうして、全ての締約国は、たとえ武力紛争に巻き込まれ、または直接的に関与していたとしても、条約上の規定遵守を要求する「法的資格」を当然に享有し、そのことが、重要な人道的価値に対する尊重を示すことにつながるのである。国際人道法遵守における共通利益とは、このようにして認識され、法体系に組み込まれたのであった。


北方領土問題について日本の主張の再考

   日本は歯舞群島、色丹島、国後島及び択捉島(以下、北方四島)が「日本国固有の領土」に当たると主張しロシアからの返還を要求しているが、議論は平行線を辿り解決には至っていない。そこで本稿は、北方四島が日本に帰属することを前提に、その根拠を提示し日本の主張を裏付ける形で立論することを目的とする。なお、議論の対象として、主に、日露両国間で締結された北方四島を含む関連地域の帰属について定めた国際文書を取り上げる。
   まず、第二次世界大戦前の北方四島の帰属先であるが、1855年2月7日に調印された日本国魯西亜国通行条約第2条で、両国の境界を「エトロプ」島と「ウルップ」島の間とし、北方四島は日本に帰属することを規定していた。その後、1875年の樺太千島交換条約で、日本は樺太に対する領有権を放棄する一方、千島列島(クリル諸島)を譲り受け、千島列島が日本領となることを平和裡に決定した。また、日本・ロシア双方の外務省が共同で作成した日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料集(以下、共同作成資料集)が、「1855年の日露国交樹立以後、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属がロシアにより問題にされたことは一度もなかった」と指摘するように、北方四島が日本領であったことは明白である。
[ 日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/ryodo.html
 (last visited: 15th of October, 2005)]

   次に、第二次世界大戦前後の関係資料を見てみたい。ここでは、第3項で「千島列島がソヴィエト連邦に引き渡されること」とした「ヤルタ協定」の法的効果が問われる。まず、ヤルタ協定は密約であり第三国の権利、すなわち領域に変更を加える効果はないと断言できる。加えて、当事国であるアメリカが、「当事国によるなんらの最終決定をなすものでなく、また領土移転のいかなる法的効果を持つものでない」と認めているように、この協定に基づくロシアの主張は妥当性を有するとは言い難い。[ 1956年9月7日付 日ソ交渉に関する米国覚書] また、日本は戦争終結に先立ちポツダム宣言を受諾し、その第8項において「カイロ」宣言の履行を認めているが、カイロ宣言は占領地域の返還を定めたものであり、日本が平和裡に取得し実効的支配を及ぼしてきた北方四島はこれに該当しない。千島列島の帰属に関して、サンフランシスコ平和条約は日本が千島列島に対する主権を放棄することを定めている。問題はこの「千島列島(クリル諸島)」の範囲である。この点に関して共同作成資料集は、範囲は決定されていないとの立場をとり、依然として日露間の意見の相違が見られたと考えられる。そこで、北方四島を巡る全ての論点は、サンフランシスコ平和条約で放棄された千島列島がロシアに帰属するか否かに関わらず、サンフランシスコ平和条約で意図された「千島列島の範囲」に集約される。つまり、日本が北方四島の日本への帰属を主張するには、サンフランシスコ平和条約で主権を放棄した「千島列島」が北方四島を含まないことを立証する必要がある。

  ここで、今一度過去の日露間で締結された国際文書に立ち返ってみたい。まず、日本国魯西亜国通好条約では、国境確定の際に、「「ウルップ」全島夫より北の方「クリル」諸島は魯西亜に属す」とし、ウルップ島以北をクリル諸島(千島列島)とし、つまり、北方四島を千島列島に含めていないことを両国が認識していたことが読み取れる。また、樺太千島交換条約では、日本に引き渡される各島を列挙した後、「「クリル」全島ハ日本帝国ニ属」すとし、これまで日本が実効的支配を及ぼしていた北方四島に加える形で千島列島が日本領となったことになり、従って、サンフランシスコ平和条約における千島列島の文言も、この時新たに日本領となった島々のみを意味すると考えるのが妥当である。
  以上、千島列島が北方四島を含まないことを日本は立証し、ロシアにその返還を要求する必要がある。加えて、ロシアの北方四島への領有権は、ヤルタ協定が法的拘束力を持たない以上、なんら法的根拠に基づく主張ではなく、この点を日本側は厳しく追及すべきである。


「保護する責任(Responsibility to protect populations from genocides, war crimes, ethnic cleansing and crimes against humanity )」について

2005年9月14日から3日間に渡り、ニューヨークにて史上最多の加盟国首脳を集めた国連総会特別首脳会議が行われた。ここでは、最終日に採択された成果文書の中に盛り込まれた「保護する責任」について検討していく。
 今回採択された成果文書は、開発、平和と集団安全保障、人権と法の支配、国連の強化といった内容を盛り込み、全178パラグラフから成っている。この中の138~140にかけて、「保護する責任」が言及されている。その内容は以下のようである[ 国連HP  http://daccessdds.un.org/doc/UNDOC/LTD/N05/511/30/PDF/N0551130.pdf?OpenElement]。「The international community, through the United Nations, also has the responsibility to use appropriate diplomatic, humanitarian and other peaceful means, in accordance with Charters V and VIII of the Charter to protect・・・we are prepared to take collective action in a timely and decisive manner, through the Security Council, in accordance with the Charter VII・・・should peaceful means be adequate and national authorities are manifestly failing to protect・・・」つまり、大量殺戮、戦争犯罪、民族浄化および人道に対する犯罪から人びとを保護する責任は当事国だけではなく、国際社会にもあり、必要な場合に安保理を通じた共同行動も認めるとしている。

 この責任は、当事国だけでなく、国際社会にもその責任が存するとすることで、人道的危機に対し国連を中心に行動がとれるようになったところに意義がある。しかし、国際社会によるこの責任の履行は、内政干渉の原則と抵触しないのだろうか。国連憲章第2条1項では、加盟国の主権平等の原則が規定されており、さらには、同条7項において内政不干渉の原則がうたわれている。これに関して、介入と国家主権に関する国際委員会(ICISS)リポートでは、国家主権とは国内の民衆と資源にかかわる問題について決定を下す権限という一方で、「the authority of the state is not regarded as absolute, but constrained and regulated internally by constitutional power sharing arrangements 」と述べており[ ICISSのHP  http://www.iciss.ca/pdf/Commission-Report.pdf ]、2003年ハイレベル委員会報告書でも、「not only benefit from the privileges of sovereignty but also its responsibilities・・・carries with it the obligation of a State to protect the welfare of its own peoples and meet its obligations to the wider international community」とされている[ ハイレベル委員会報告書HP  http://www.un.org/secureworld/report.pdf

《参考文献》
ギャレス・エバンズ他「人道的悲劇から民衆を保護せよ」『論座』92-93号(2003)
]。このように、国家主権を「責任を伴う主権概念」と考えるならば、両者は抵触しないと考えられる。
 確かに、人道的危機に対する効果的な介入の必要性が高まる中で、国際社会にも責任を課したことは、人道的危機へのより効果的措置お及び予防の観点からも評価すべきであろう。しかし同時に、一部の途上国からも指摘されているように、これが「大国の途上国への武力介入を招く」ようなことに利用されることがあってはならない。今後も、国際社会の責任と国家主権とのバランスをとるための議論が必要であろう。


国際人道法の非国際的武力紛争への適用

初めに、国際人道法の発展の過程を確認したい。戦時国際法とは、近代の国際社会において、交戦中守らなければならない一定のルールを定めたもので、国際法の中でも比較的古くから確立されてきた分野である。1868年のサンクトペテルブルク宣言においては、戦争の目的を超える非人道的な行為は禁止されなければならないと規定され、この宣言の基本精神は現在も引き継がれている。今日、国連憲章2条4項により武力行使は原則禁止されており、理論的には、戦闘行為を国際法によって規制する必要性はなくなった。しかし現実の国際社会では、国際紛争がなくなったということはなく、交戦時における戦闘員へのルールと非戦闘員を保護するためのルールが必要である。また、最近は国内紛争においても国際紛争を凌ぐほどの犠牲が生じる状況が生まれており、国家間の紛争を目的とする戦時国際法をどのようにして国内紛争に適用可能なものにしていくかという課題がある。

国際人道法に関する国際法として、代表的なものが国際赤十字がまとめた1949年ジュネーブ諸条約である。この条約の共通三条は妥協の産物としての限界や曖昧さを残しつつも、内戦に直接適用される初めての条約規定として、一条文であるにもかかわらず「小型の条約」と呼ばれた。これは人道法が非国際武力紛争をも対象とし、その領域にも進入したことを示す画期的条文であった[ 藤田久一『新版 国際人道法(再増補)』217頁(有心堂、2003年)]。しかし、下川氏が指摘するように、「国際的性質を有しない武力紛争」の定義を行わず、それを国家実行に任せたこの条約は不十分であった。そこで第二議定書は、共通三条を補完・発展させることを目的として作られたが、その意図とは逆に、人道法規則の適用を複雑化させてしまい、共通三条よりも適用の敷居が高くなってしまった。このことに関して一ノ本氏は、課題があることを認めながらも、第三条に比べてはるかに詳細な人道規定がおかれ、締約国に関する義務が拡大されている点を評価している。ただやはり、その適用と遵守は難しいものである。

ここで人権と人道の概念に着目したい。人権も人道も人間の生存及び基本的な尊厳を保障するための概念であるが、一般的に、それらが社会的、意図的に、そして多くの場合公的かつ組織的あるいは制度的に脅かされる場合を人権問題としてとらえ、自然災害や戦乱を含め、理由を問わずに大規模かつ直接的に生命、身体に危険が及ぶようなケースを人道問題と呼んでいる[ 横田洋三編『国際法入門』(有斐閣、第二版、2005年)]。これを踏まえて考えると、国威人道法の基本的保障や刑事訴追に関する規定の中には人権関連条約中の規定に対応するものもかなりある。もちろん、これらが適用される状況と人権条約の適用される状況は同じではない。しかし、一般的に人道法と人権法は相互に排除的ではなく、補完的であるといえる。したがって国内紛争における犠牲者を保護しようとする目的を達成するために、両者を統一的に理解し、適用することが可能だろう。また同時に、議定書の遵守と、内容が明確化されることを期待する。